Flowers of catalpa

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「熊本・蘆花の会」のホームページです。

以下は、明治初期に熊本で起こった神風連の乱について、蘆花自身の経験を交えて書かれた「恐ろしき一夜」の全文引用です。(下の写真は、写真館にあるものと同じですが、蘆花が神風連の乱を目撃した窓です。)


【恐ろしき一夜】

徳富家・熊本の実家


        (上)

 九月三日の夜、空大海の如く晴れて、陰暦七月十五夜の月いと明きに、燈消して縁先に端居す。真黒き前栽の木立より月光霜の如く漏りて、薄墨色の木の葉影畳に落ち散り、蟲の音近く足下に起り、誰家の少女の手すさびか、月に奏づる琴の音いと優なり。心を清夜の静寂に浸して、月に向へば、風冷やかに衣を吹きて、秋、身にしむ。あゝ秋風吹き秋月明かなり。里の女が夜ふけて衣擣つ時節も遠からじと思へば、思はず思ひ出づるは、
  夜は寒くなりまさるなり唐衣
   うつに心の急がるゝかな
 嗚呼是れ今を距る十九年、明治九年霜冴ゆる十月廿四日の夜、肥後銀杏城下に血の雨を降らせし神風党の巨魁大野鉄平が歌にあらずや。惜しむ可し好漢、彼は支ふ可らざる時勢に抗せんとして、自ら斃れぬ。
 何の国何の時代に於ても、進歩の風潮急なれば、保守の岩礁頑として其衝に当る。海は万能なり、潮は全能なり、其の澎湃として進むに当っては、如何なる岩礁も没せずんば已まじ。然れども其の汪洋たる波の岩を埋了する迄は、怒れる岩礁の波蹴かへして白沫を飛ばすものそれ幾何ぞ。維新初年の日本史は、実に此衝突より起れる悲劇に満てり。神風党の如き、実に凄まじき其一例にあらずや。
 彼等は実に封建武士の好所短所を代表せる者なり。敬神は彼等の宗教也。忠君は彼等の主義也。攘夷は彼等の素志也。武芸は彼等の日課也。剛毅質直は彼等の道徳也。節操清粛は彼等が婦人の生命也。彼等は実に封建社会に於て始めて棲息し得るものなりき。
 維新は来れり。聖天子は九重雲深き平安の内裏より日の如く日本に輝き出たまへり。神祇省は太政官七省の頭に置かれぬ。彼等が敬神勤王の心は慰められたり。然も此は僅かに一瞬の間なりき。滔々たる維新大革新の風潮は、片端より舊習故俗を掃蕩し行けり。彼等は次第に孤島の間に閉ぢ籠めらるゝを見出しぬ。反抗の精神は次第に燃え来れり。廃刀の令下れり、彼等は常に袋刀を提げて往来せり。断髪の令下れり、彼等は依然髻を結んで往来せり。電信架せられたり、彼等は扇を翳して其下を過ぎれり。彼等が尊みて仰ぎ視し藩侯は、彼方より其位地を下りしに引易へ、彼等が塵芥の如く下し見たる平民は、見すゝ上って己に伍せむとす。懐しき昔は日に日に遠くなり、彼等が生計は日に日に寒くなり来れり。藤肥州以来二百餘年、屹として九州の鎮となり、彼等が日夕仰ぎたる銀杏樹雲の如き熊本城には、洋服洋剣洋銃の兵士士官蟻の如く群りて、彼等が祖先以来常に時を報ずる太鼓の音を聞きし城楼よりは、忌々しき喇叭の声時を得貌に鳴り響けり。病院建てられたり、異人臭き醫術は一般に広まれり。洋学校成れり、城下の子弟は髪を断ち横文字の書を採り碧眼紫髥の異人の膝下に聞くも胸悪き夷狄の文字を囀れり。城下の民は日に日に洋風に染み、軽薄になり行けり。彼等は悲憤の眼をもつて時勢の日に非なるを見、身は弧岩の如く滔々たる風潮の中に立つを見、憤は胸に煮えたり。ああ夜は寒くなりまさるなり、唐衣、あゝ唐衣うつに心の急がるゝかな。
 彼等は一齊に打たんと決しぬ。誰を打つべき。彼等は縣廳を睨めり。新政を敷き、新事を興すものは彼なり。彼等は鎭臺を狙へり。濫に洋式の兵となるのみか、婦女に戯れ、酒を被り、傍若無人に風俗を腐らすものは彼なり。彼等は實學連の頭株を睨めり、新事物誘導の緒を開くものは彼なり。彼等は久しく狙へり。同志の間の往來はいよいよしげくなれり。半夜燈下竊かに寶刀の刄を見たり。殺氣隱隱として銀杏城下に籠りぬ。神風黨不穩の様子縣廳の耳に入り、重立ちたる縣官今夜縣令の宅に集りて協議すべしとの報は神風黨の耳に入りぬ。機一髪、先んぜんか後れんか。
 明治九年十月二十四日、秋の夜深けて、星一天、城下の士女夢まさに濃かに、種田少將は泥醉して新妾と臥し、縣令の宅には一基のランプ密議に鳩めたる縣官四五人の顏を靑く照せる二更の頃ほひ、二百餘人の健兒、城の西南樹墨の如く黑き段山藤崎八幡社殿に集り來れり。腹卷小手脛當に、烏帽子直垂の者あり。髪振り亂して、白綾の鉢卷したる者あり。色黑く髯逞しき大丈夫あり。十四十五の花の如き少年あり。傳家の寶刀は腰に横はり、雪の如き襷を十文字に衣の袖を絞る。社の神官渠魁の一人たる加屋は、神前に跪きて、衆に代つて拜念し、彼等の兩人は霜の如き劍を拔いて神前に舞へり。拜は終り、劍の舞は終りぬ。三通の太皷鳴れり。首魁大野、加屋、上野、神殿の石階に踞して部署を定めぬ。一隊は縣令安岡の宅へ、一隊は鎭臺司令長官種田の宅へ、一隊は中佐高島、大島、兒玉の宅へ、一隊は實學黨の太田黑の宅へ、一隊は縣廳へ、本隊は鎭臺へ。時三更に近く、風露滿天銀河空に横はり、霜白く、風寒し。
「夜は寒くなりまさるなり唐衣うつに心の急がるゝかな」二百の健兒、霜を蹈み枚を啣むで藤崎社頭を出でぬ。

 吾家は熊本の東郊にあり。種田少將、高島中佐等の寓居とは、わづかに一條の小川數畝の圃を隔てて、夜は咳嗽の音も聞ゆるばかりなりき。
 十月二十四日の夜、吾等は晩くまで睡らでありき。姉上病重く、危かりければ、母上を始め多くは枕邊にあり、醫師も通夜し居たり。夜の更け行くまゝに、霜氣膚に迫り枕邊の行燈の光も氷りつきたる様に薄らぎ、當時九歲の吾は震ひながら母上の膝に倚りてありしが、何時しか眠りこけぬ。忽ち耳元に母上の聲して、吾は蜜柑の山の夢より呼び覺まされぬ。此は母上の姉君に向ひ「お常さん、苦しからうけれども、一寸の間呻吟かずに居てお吳れ、何様たゞならぬ音だから」と云ひたまひたる聲なりき。聲終らざるに、川向ふの方にあたりて怪しき物音、姉君の呻吟の聲にまじりて聞えぬ。姉君は唇を噛んで默したまひぬ。吾は一身耳になりて傾聽す。忽ちばたばた足音聞ゆ。頓て咽突かるゝ鶏の苦しむ様なる一聲、絲の如く長く曳いて靜かなる夜に響きぬ。一瞬の後、忽ちあつと一聲女の聲して、其聲のばつたり止むと思へば、更にひいと一聲悲鳴の聲悽く耳を貫き、ばたばた足音響き、戶障子の倒るゝ音して、其後は截つたる様に靜になりぬ。
 母上は眞蒼になれる年若き醫師を叱り励まし、帯引しめて、「御身も男ではないか、來て御覧」と言ひつゝ、余が右の手を執つて引立て、二階に上りて、北の雨戶を一枚がらり引明けたまへば、此はいかに、眞黑き背戶の竹藪越しに空は一面朱の如く焦れたり。城の方を見れば彼處に火あり、此方にも火あり、火は一時に五ヶ所に燃え、焔は五ヶ所より分かれ上りて紅く空を烘り、風なきにざわつく笹の葉の數も鮮かに數へよまるゝばかり。耳を澄せば、何とも知れぬ物音騒がしう火焔の間に聞ゆ。

        (下)

 强盜の騒と思ひしに、此れはまた凄じき火事なり。然れど此の火事よも尋常の火事にはあらじ。兎に角用心せよと、母上は燈心かき立て、家内の者殘らず呼び起して戶をよくさゝせ、偖様子を見んと獨門外に立出でたまひしが、やゝありて、「戰爭! 戰爭!」と云ひつゝ歸り來たまひぬ。城の方より銃丸二つ三つ、流星の如く闇を貫いて母上の頭上を飛びしとなり。
 家は皆起き出でたり。萬一の事もあれば立退くべしと、母上は病める姉君、幼き吾等の事それぞれ手配を定め、婢は飯を焚きて握飯造り、僕は甲斐々々しく草履などの用意し、おのおの帯引しめて廣き臺所の行燈を圍みて集りたり。夜は二時近からむ、寒さいよいよ身にしみぬ。室廣ければ隅は小暗き臺所の天井に、行燈の光ちらちら圓き月の影を搖かす。家の内森々として、言へば天井も壁も障子も吾聲を響き返し、吾と吾聲に驚きぬ。耳傾くれば外の方は遥に火事場の騒を聞く如く、遠く海の音を聞く如く、人の聲とも火の聲とも物の音とも辨へられぬ騒々しきどよみ闇に波うつて、をりをり豆炒る様なる音も聞ゆ。座敷には姉君病苦呻吟の聲凄し。
 忽ち戶口の外にどろどろ足音して、「もうしもうし」聲と共に戶は破るゝ様に鳴りぬ。吾ははつと身の毛立つて、息を凝し、ぢつと母上の顏打まもる。「もうしもうし」戶は再び破るゝやうに鳴りぬ。母上、「誰方?」「私でござります、どうぞ御開けなさつて……」「私とは誰方?」「私でござります、○○が家内……」戶は開かれたり。一陣戶口より流れ込む寒氣と共に、さし向けたる行燈の光の中に、乳呑子を抱きし三十五六の女と、老爺と、老婆とあらはれたり。彼等は皆跣足なりき「奥様、熊本中は地雷火で燒打せられました。もう何もかも仕舞でござります」言ひつゝ女は潜然打泣きぬ。此は兼て親しく往來する材木屋某が家内の、變を逃れて眞夜中に來れるなり。女はさめて泣く懐の子を背たゝきつゝ、すべり上りて、泣く泣く語りぬ。
「市中は今大戰の最中でござります。今も安巳橋の際に二人切り倒されて居るのを見て參りました」と。話の中より一道の鬼氣陰々立のぼり、霧の如く室に滿てり。
吾は衆人の眞中に押入り、或は耳を外の方のどよみに傾け、或は眼を戶口に注ぎ、鼠の音にも愕として其方を見かへりぬ。
 限りなく長かりし夜はやうやうあけて、生白き曙色、雨戶の節穴より覗き込みぬ。戶あくれば、夜は灰色に明けたり。日も出でながら薄寒く、言ふべからざる不穩の空氣はおどおどしく空を包み地をおほひぬ。昨夜の事は恐ろしき夢なりしか。夢の様にもあり、否夢ならず、夢ならず。血腥き報知は、一つ聞え、二つ聞え、果は、夕立の如く一時に耳をうてり。「種田がやられた」「えつ、其なら昨夜のあの聲は、それだつたか?」「安岡がやられた」「えつ」「小關參事も」。「えつ」「某々中佐も」「えつ」「鎭臺は皆やられた」。敵は誰ぞ。或者は云ふ、昨夜火光に驚きて家を飛び出さんとしたるに、烏帽子直垂に白刄提げたる人五六人前を通りしかば、膽を潰して逃げ込みたりと。或者は云ふ、昨夜晩く他より歸りしに某辻に到れば、道の眞中に倒れたる者あり、提灯さしつくれば、洋服着たる男の大袈裟に切られてまだ溫かき血に浸り居るなり、ほつと驚きて駈け出さんとする向ふへ、白刄の光きらりと閃きて、闇中より黑影ぬつと出で、吾がもてる提灯のあかりに透し見て、こらこら此方へは通ることはならぬとて追歸されたり。或者は云ふ、藤崎神社に勢揃する結髪横刀の群を見たりと。「やつたな! 偖は神風連!」
 神風連! 神風連! 大戰爭、大戰爭! 聲は熊本の一端より一端を簸れり。一夜火光に驚き、劍影に驚き、銃聲に驚き、叫聲に驚き、血に驚き、一夜戶を閉ぢて戰きたる熊本は、夜明け戶開くると共に蜂の巢の打散らされたる如く騒ぎ立ちぬ。訛傳は訛傳生み、腥き風說は螢の如く飛び、霰の如く散れり。狼狽したる人影は彼方此方に走せ違ひ、恐慌の風は人の眼より口より顏より手より足より湧きて、市中の巷々街々を吹き廻りぬ。此時父上は薩境近き故鄕の祖父君を省して歸途季の姉君を將ゐて城下より十里ばかり離れし小川驛に宿りたまひしが、此夜姉君いたく胸騒ぎ心轟きて如何にも事ありげに思はれしかば、翌朝は早く立ちて城下より六里の松橋驛まで來たまへば、果然熊本騒擾の事聞えたり。尻ごみする車夫に三倍の賃を與へて、宇土驛のはづれまで來たまひしに、熊本より素足のまゝ逃げ來る者往還に引もきらず。父上はあひたまひし知人の逃れ來るに姉君を託し、ひとり歸りたまひぬ。神風連爆發、鎭臺、縣廳、實學連、難に遭ひしとの風聞に、緣家故舊皆父上の安否を氣遣ひて訪ひ來ぬ。翌日、粟の收穫に出でし家僕は家より少しはなれし粟畑の中に隠しありしとて、竹筒、繩梯子、火繩なんど持ち來りぬ。竹筒の中には焔硝を詰めありき。

 時は風説を篩ひて、恐慌の中より事實を漉し出せり。事実は左の如くなりき。
 廿四日の夜半霜を蹈んで藤崎社頭を出でたる二百餘人の健兒は一夜銀杏城下に荒れたり。夜明け幕落ちたる時は、司令長官は首なき骸となつて血に染りし寢床に横はり、縣令は脇腹より流れ出づる臓腑を押へて芋畑に伏し、街にも、兵營の内外にも、縣廳のほとりにも、彼等が刀の下に斃れし死骸累々たりき。
 種田に向ひたる一隊は、難なく蹈み込みて彼が首を打落せり、側に臥したる妾も刀下に死しぬ。彼女は十五の少女なりき。妾にはならじと拒みて聽かざりしを、貧しき父母は金の爲に强ひて彼女を種田の許に連れ來り、十圓の金を受取り女を殘し置きて欣々として歸りしは其日の晝頃なりき。吾等が聞きし最後の悲鳴は、種田が東京より連れ下れりし妓小勝が腕に傷負ひて隣家に逃げ込みし聲なりき。彼女は東京なる父母に「ダンナハイケナイ、ワタシハテキヅ」の電報かけて、名高くなりぬ。種田がおめおめ寢首かゝれし醜態に引易へ、彼が書生は棒提げて敵を追つかけ、終に棒切り折られて死しぬ。
 縣令安岡の宅に向かひたる一隊は、縣令參事大警部等が恰も神風連鎭撫の事を談じ居たる會議の席に切り込んだり。それと見るより、參事小關は立ちざまに、椅子を投げつけたるも、敵は一刀に拂ひのけて、勢猛く斬り込み來れり。大警部仁尾は、縣令に聲をかけ「刀は?」「そ、其の簞笥に!」簞笥の引出明くる間一刀腕を切られながら、仁尾は安岡を後に庇ひて二刀三刀打合ひたるも、腕弱りてばつたり倒れ、小關は切り倒され、安岡は瞎を抉られぬ。敵は「もう好いもう好い、少し活かして苦しますが好いわ」云ひすてゝ出で去れり。安岡は四ばひになりて裏口より芋畑に這い込み、創口より流れ出る腸を押へて此處に伏したるが、程なく病院に死しぬ。翌日其のあとを見れば、血は絲の如く裏口より芋畑に曳きて、靑き芋の葉に赤き五指の痕掌の痕斑々たりき。
 太田黑の宅に向ひし一隊は失敗せり。彼は夫れと氣づくより早く竊に燈吹き消して裏口より茶畑に逃れ、銀裝刀一本腰にして堤傳ひに二三丁離れし知人の宅に逃れぬ。神風黨は家に入り込み、暗中を探りて、蒲團かぶりて臥したる夫人の顏に探りあてしが、髯なきを認めて退き、終に家に火をかけぬ。一家取るものも取りあへずして逃れ、子供を置き忘れしを、妾某躍り入りて救ひ出せり。太田黑氏は其後直に吾家に逃れ來りて奥の一間に潜み、吾等は堅く名を呼ぶことを禁じられて、唯「叔父さん」とのみ呼びけり。
 其他の諸隊は、成功したるもあり、失敗したるもあり。
 鎭臺に向ひたる本隊は、直に兵營に火をかけたり。驚きて寢衣のまゝに走せ出づる兵士を、待ち設けたる彼等は「一つ、二つ、三つ……」かけ聲して片端より斬り倒しぬ。兵營の火を見て驚きて駈けつけたる將校役人を、彼等は闇中より躍り出でゝ一々斬り倒せり。洋服なる者は、斬りぬ。馬上の者は、斬りぬ。靴の音する者は、斬りぬ。狼狽せる者は、來ては斬られ、來ては斬られ、辻に斬られ、營前に斬られ、死骸は随處に算を亂して倒れたり。此時火は五ケ所に起り、火光空を焦し、夜暗き所には大喝悲鳴の聲起り、火明かなる處には白刄閃き紅血迸り、提燈は流星の如く道に沿うて飛んでは落ち、飛んでは落ち、馬蹄響いて忽ち倒れ、二百幾口の實刀は渇蛇の如く飽くまで鮮血を吸へり。
 忽ち亂れたる兵營の中に非常喇叭二聲三聲響いて、眞黑き一列出で來り、彈丸は一斉に神風黨が白刄を閃かす眞中に飛び始めぬ。此れ氣早くも途中に洋服引きぬぎ料理番の印半纏着てかけつけし與倉、兒玉(今の陸軍次官)中佐等が隊を揃へて防ぎしなり。訓練の效は見え來りぬ。神風黨の或者は傷きて其場に屠腹し、或者は丸に中りて死せり。彼等が運は落ち始めぬ。
 東は白めり。夜は明けたり。彼等が爲すべき事は概ね終り、爲すべき時は全く過ぎぬ。彼等は散り散りに引揚げたり。斯くて城下の人士は一齊に騒ぎ立ち、文武官は血眼になつて流血横屍の間を奔走する時、彼等の或者は「我死なば弓矢の神と祝へ人、異國人を撫で切りにせん」と詠じて屠腹して死し、或者は自首して刑に服し、或者は家に歸りて沐浴更衣し、威儀を正し、心靜に、辭世を詠じて死せり。友と友と耦刺して死したる者あり。父子兄弟心靜かに水盃して、一間に自殺したる者もあり。歸り來れる少年を勞うて、心長閑に髪を結びやり、紋付の上下着せ、腹一文字に掻き切るを瞬もせず見つめ、死骸片づけ終りて、音もなく自殺したる母もありき。而して彼等の七八人は、城下より西南七里を隔てし大嶽なる山上に逃れ、時々里に下り飴を買うて生きたりしが、五六日過ぎて一隊の兵士村人を先に立てゝ攻め上りし時は、彼等は靑松の下に並びて自殺し、頭は落ちて前にありき。中に十六ばかりの少年のみ腹に刀を突き立てたるまゝ死し居たり。此は他を介錯しはてゝ、最後に自殺したるなり。斯くて三人の渠魁、二百の黨類、大概皆死し、事直に平ぎぬ。彼等は藁炬火の如く一夜に燃え盡し、惡夢の如く唯一夜に醒めぬ。彼等が流したる血未だ乾かず、彼等が燒きたる家よりは猶煙立ち居るに、彼等は已に亡かりき。
 然も騒々しき空氣は久しく銀杏城下を蔽ひぬ。家に婢あり、三十四五、丈六尺に近く、滿面の痘痕菊石に似て、口広く眼大なり。神風連の事ありしより、夜々出齒庖丁を枕によせて臥しぬ。曰く、萬一の時は、此庖丁にて庭の杉籬を切り、此處より旦那様を御落し申すなりと。種田の殺されし家は小川の彼方にあり。余は川に沿ふ道を通りて小學校に往復の度、川を隔てゝ其家を望み、彼夜の凄き聲思ひ出でゝ、常に身震するを禁じ得ざりき。
 神風連は一夜に消えたり。「一つとやあ、人々驚く大砲の、音に燃え立つ、五ケ所の火……鎧直垂立烏帽子、其花やかさ!」流行唄は彼等を歌ひしも、彼等はやがて過去のものとなれり。熊本の一名物と稱へられし神風連も、此時に於て大率精華を殺し盡くされ、十年の戰爭に於て更に其殘餘を殺し盡され、果は晨星の數よりも少くなれり。彼等が遺族は多く悲しき運命に陷りぬ。二三年の後、身世の浮沈に耐へ兼ねて、幼き四人の子を刺し殺し、二人の長次女を殘して自殺せる婦人あり。貧困汚辱に耐へかね、娘を殺して死せんとして、逃るゝ娘を「未練なつ」と叱りつゝ白刄提げて追うて出で、警官の手におさへられたる者もありき。
 十有九年瞬時に過ぎぬ。彼の恐ろしき一夜に、殺せし者も、殺されし者も、今は久しく靑塚の下に睡りて、世は開明になり、悧巧になり、隨つて輕薄になり、臆病になり、彼の恐ろしく頑固なる恐ろしく眞摯なる恐ろしく熱心なる神風連なるものは、舊時代の昔語りとなりぬ。

「夜は寒くなりまさるなり唐衣うつに心の急がるゝかな」刀を按じて歌ひし男今何處にかある。仰げば一輪の月高く天心にかゝりて、秋の夜いたくふけぬ。